2011年9月13日火曜日
柘榴の町
マドリッドからイベリア航空で南へ一時間半、アンダルシア・グラナダに着く。 シエラ・ネバダ山脈から続くベガの肥沃な平野にあって、太陽の眩しさと強さにしばしクラリ。 鮮やかというより色が大気に散るような張り付くような…日向の白壁には思わず目をしばたく。 ここがフェデリコ・ガルシア・ロルカの故郷。 遥か昔、アルバイシンの丘の町並みはモーロ人の抵抗の砦となりその白い壁も石畳も流血に染まったという。 グラナダ陥落後もアラブ様式は残され、その余韻を今に伝えている。キリスト教会の中にもイスラムの形が残り、両方が同じところに混在していて、初めて目にする不思議な感じ。中世騎士道のさまざまな王や往事の人々の想いは、どんなところにあったのだろう…その悲喜にめぐらすほど町に惹きこまれる。「グラナダ」の名はザクロからの由来という。実をつけた木をあちこち目にし、アルハンブラ宮殿では、朽ちかけた床に目をひいたタイルの可愛らしい小さな赤…ザクロだった。
2011年9月12日月曜日
オリーブの国
9月初旬のマドリッド。 日中の気温は日本と同じくらい、空気はとても乾いた感じで日陰との温度差が大きい。濃く青い快晴続きに、時々白い雲が懐かしく思えるほど。 メトロの券一枚、あちこち乗り降りして歩く。 街の中でもやはりオリーブの木をよく目にした。 プラド美術館では裸のそして着衣のマハにも会えたけれど、ゴヤのさまざまな絵からはその印象とだいぶ違うものを多く目にした。時代ごとのアーティスト、そして今は特にレアル・マドリッドの本拠地というイメージからも強い個性を感じるところ。 そして、イベリア半島はレコンキスタの史実にどうしてもさかのぼり、遥か昔のことは今にもたしかにつながっていて、ため息がでるほど印象深い。 でも、なによりも、毎食のようにふんだんなオリーブを食べ、ワインとサフランの香りをかげば…やはりここもおいしい国だった。
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